つれづれマンガ日記 改

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伝説の料理漫画 ~ 美味しんぼ

総合評価・・・4.18

 


以前よりはだいぶマシになったが、ここ近年、とりあえず料理漫画を書いておけば何とかなる、と言わんばかりに料理漫画が氾濫してしまったわけだが、そのブームの全ての原点を創った作品として、そして近代以降の料理漫画における代表作として、やはり本作「美味しんぼ」を外すことは出来ないだろう。

今さら美味しんぼに対して語ることなどないくらい世間に知られているドラえもん的存在の作品ではあるが、2014年に作品発表が休載となってから約10年程度が経過したという事で、そろそろ「海原雄山はネタとして知っていても実物を読んだ事がない」という読者も出てきたかもしれないので、知られすぎている作品だとは思うがレビューしてみる事にした。


1970年代から80年代頃においては、まだマンガ自体が子供の読み物といった風潮であったため、当然、料理などというジャンルも開拓されていなかった。そんな中で料理漫画というのは、包丁人味平ミスター味っ子といった少年マンガの主人公としてのマンガであり、いわゆる天才少年料理人的なキャラクターが奇抜なアイディアや料理方法によって活躍するといった形式で料理ジャンルを少しずつ切り開いていたような時代であった。

そんな中、今までの料理漫画とは全く違う評論家の立場から、青年漫画のポジションで料理の世界を開拓し始めたのが本作「美味しんぼ」だったのである。

奇しくも世の中は徐々にバブルの流れの中にあった1983年に生まれた本作は、当時の世相にあったグルメブームの流れにも乗って瞬く間に大衆の心をつかみ、その後30年以上にわたって連載を続けることになる。


後に伝説となる1コマ(1巻より引用)


今でこそ誰もがフォアグラを知り、あん肝を居酒屋で食べる経験を持つようになったが、1980年代という時代にはまだそれらの言葉は一部の食通にしか知られていなかったわけで、そんな時代において普通のサラリーマン家庭の父親や母親が徐々に食通ぶるようになったのは確実に美味しんぼの影響であり、そして昨今の料理漫画や、そもそも日本人が料理というジャンルを教養の一種として楽しむようになったのは、確実にこの作品の持つ力が影響しているとブログ主は断言したい。

もちろん、食というジャンルは日常生活の中にあるので、スラムダンクのように「連載が開始してから学校のバスケ部の数が増えた」みたいなわかりやすいデータはないわけだが、それでも日本の家庭内におかれて語られた料理の薀蓄は、明らかに美味しんぼが情報源だったと推察される。それぐらい、この作品の原作が持つ料理に関する情報量というのは抜きんでていたのだ。

その意味で日本のカルチャーの変化に一役を担った偉大な作品なのである。

さて、それではこの稀代の傑作は何が凄かったのか、と問われればこれはもう圧倒的な原作者の取材力以外に他ならないだろう。

それまでのマンガ原作者の仕事が、劇画的で起伏の激しいドラマを作るアプローチで仕事を得ていたのに対して、専門知識という武器を使ってマンガに革命を起こしたのが原作者「雁屋哲」なのである。これ以降、特定分野のスペシャリストが原案や原作について薀蓄やノウハウを語るという教養的な作品が増えていったという意味でも、日本のマンガに転換点をもたらした作品だといえよう。

それぐらい、とにもかくにも最初期の美味しんぼの各エピソードが持つ情報量はすさまじかった。各エピソードで単行本一冊分の物語が描けるのではないかといった情報量を惜しみなくたった1話のエピソードの中に注ぎ込み、しかも、そのクオリティを前半20巻程度の期間において維持した力には舌を巻くしかない。

加えて、それだけの新しい情報量の作品を魅力的な料理の作画に落とした「花咲アキラ」の腕前も忘れてはならない。何より作画の点でいえば幅広い登場キャラクターの存在感も素晴らしい。これだけ短編のエピソードを創るとなると、当然、その分キャラクターが必要になるわけで、様々な魅力的なキャラクターを描き分け、そして、味わい深い存在に高めていったのもいぶし銀の作画の力と言えるだろう。

しかし料理情報だけではここまで長期の連載に耐えうる作品には、やはりならない。本作は、料理の情報量に加えてストーリーとしての面白さも併せ持っていたからこそ30年という長期間にわたって読者に愛されたのである。そして、そのストーリーの面白さの根幹となったが、主人公三人の関係性とキャラクターの巧みさなのだ。



父親「海原雄山」との確執により、世の中に対して斜に構えまくっているダメサラリーマンの「山岡士郎

性格と薀蓄を示した見事な第一話(1巻より引用)



そんな山岡とペアを組むことになり、徐々に山岡に惹かれていく新入社員の「栗田ゆう子」

新入社員時代の栗田さん(1巻より引用)


そして、誰もがご存じの美食の鬼の「海原雄山」である。

圧倒的な壁として君臨するキャラ(1巻より引用)


そしてこの三者を中心に、海原雄山山岡士郎の親子の確執を描く究極対至高の料理対決に始まって、その二人の仲介役となる栗田さんとの恋愛を含めた一連のストーリーラインの面白さが、読者がついつい続きが気になって読んでしまった要因なのである。

特に栗田さんの存在は非常に重要で、このキャラクターが海原雄山に対して色々と意見を言えるようになってからが、この物語の真骨頂であり、数々の名エピソードが登場する事になるのである。

もちろんそのほかにも美食倶楽部のメンバーや唐山陶人京極さんといったグルメジャンルのキャラや、恋のライバルとなるカメラマンの近城や二木まり子や団社長、中松警部や板山社長などなど数多くのキャラクターが登場するわけだが、流石にそこまでは書ききれないので割愛する。


さて、そんな本作だが連載30年、全111冊という事であまりの長編なのでどこまで読むべきか、という悩ましい観点があるので簡単に重要な巻をガイドとして示しておく。

まず、序盤1巻から14巻までだが必読のエピソードしかないのでマストだろう。というか、恐らく読み始めたらこのあたりまでは手が止まることは決してない。

一話一話の短編のクオリティがあまりに高いのと、親子の確執や栗田さんとの関係がどうなるかが気になって確実に読み続けてしまうこと請け合いである。ちなみに人気の高いトンカツ慕情は11巻収録である。もちろんブログ主も大好きな話だ。

泣けるトンカツ慕情(11巻より引用)


15巻からは究極対至高の料理対決が始まる。最初期の頃の海原雄山はフランス料理でわさび醤油を持ち出すようなやんちゃなオジサンなのだが、この頃になってくると素材や食文化や作った職人といった極めて高尚な領域まで視野にいれるようになっており、圧倒的な実力差で主人公サイドを叩きのめすようになる。

海原雄山に圧倒される面々(15巻より引用)


その後は、様々なテーマでの究極対至高の料理対決や、栗田さんとの恋愛のストーリーラインが中心となって進んでいくわけだが、一つあげるとすれば32巻の新・豆腐勝負は外せないだろう。様々な場面で使われることになる「士郎の奴めが・・・」のコマなのだが、恐らく作中最も印象的なシーンは以下のコマであり、このエピソードは目を通してほしいものである。

山岡と雄山の歴史が動く1コマ(32巻より引用)



そして、第一章ともいうべき前半戦の終わりが47巻「結婚披露宴」である。徐々に料理薀蓄情報が多くなりつつあり、読み進めるのが厳しくなってくる本作だが、それでもこの47巻までは読んで間違いない。栗田さんと海原雄山の対決は圧巻であり、やはり47巻こそが美味しんぼのベストエピソードだと個人的には考えている。

この後の展開が最高(47巻より引用)


さて、48巻以降からは本格的に料理紹介が中心の漫画に変遷していくのでなかなか評価が難しくなってくるのだが、個人的に好きなエピソードを3つほど選んでおくことにする。

・究極のメニュー対金城(52巻)

海原雄山大活躍のエピソード。「誰が何と言おうと、私の舌の方が確かだ。」はここまで威厳を保ち続けたこの強キャラにしか言えない名ゼリフである。

個人的に最も好きな1コマ(52巻より引用)



・雄山の危機!?(76巻)
最終巻の福島の真実で親子の最終的な和解が描かれるわけだが、その手前のエピソードとして非常に重要な内容。今まで読んできた読者なら確実に感動するだろう。

ついにこの日が・・・(76巻より引用)




・福島の真実(111巻)
最終章となる福島の真実(110巻、111巻)においては時事的な原発問題や山岡士郎の鼻血などの表現は風評被害の問題になるのでなんとも難しいのだが、ただ山岡士郎の母親のエピソードなども入っているため、親子の確執の物語としては111巻で確かに本作は完結しているのである。その点だけは目を通してみても良いのではないだろうか。

 


というわけで終盤発表の作品群のクオリティに関しては確かに疑問が残るものの、それ以前の本作における日本の料理漫画への影響は代えがたいものがあり、今なおすべての料理漫画家が足を向けては寝れない偉大な作品なのである。

未読の方は騙されたと思って、まずは1巻を手に取ってみるべきだろう。