総合評価・・・3.48
異色の料理漫画として、そして忘れられないキャラ立ちの女性主人公として、思い出される本作。
美食大好きで、女王様気質の「沈夫人(しんふじん)」と、何をやっても間抜けで腰が低いが料理だけは超一流の料理人「李三(りさん)」のコンビを描いた、料理漫画の皮をかぶった精神的なSM作品である。
内容的には具体的な性的描写は一切ないのだが、無理な注文を出しては、李三が悩み苦しむ姿を楽しむ夫人のそれは、完全に精神的な性描写といえるだろう。
とにかく沈夫人のサディスティックさが群を抜いており、マンガ史においてもこれだけ精神的に意地の悪い主人公は、ちょっと記憶にない。そして、そんな性悪な性格ながらもギリギリ可愛らしさを保っており、勧善懲悪の対象ともならずに最後まで突き進むのだから、このバランス感覚は凄いものがある。その意味で、忘れられない特徴をもったキャラクターである。
ただし、料理人「李三」のあまりに情けない描写と相まってかなり読者を選ぶ作品なので、マッチョイムズの強い人には全く受け付けられない作品だろう。
そんな毒のある主人公と各キャラクター間のやりとりの面白みや、中国の時代に合わせた様相や背景描写の腕前の巧みさ、そして本格的な中華料理の幅広い食材と調理法も難なく描く画力の高さも相まって、最近乱発されている料理ジャンルの漫画と比べて一段上の作品であることは間違いない。
だが、最終的には夫人がただ料理を楽しむのが結論の作品なので、なかなか物語に厚みを持たせられなかったのが難点だろうか。
しかし、全4冊の短編として読むには程よい物語性なので、ちょっと他では読めない類の料理漫画を読みたい人なら一読するべき作品だろう。
なお、続編は全2冊の「沈夫人の料理店」という作品で、前作のキャラクター設定等をほぼ全て踏襲して時代背景だけ1920年の中国に変更した、という異色の代物である。
普通、続編などを作る際にはもう少しアレンジを加えるものだが、全く加工はせず、前作のキャラクターや性格描写をそのままに、時代背景だけを変えて続編を淡々と描くあたりからも、作者「深巳琳子」の異端の才能を感じさせられる。
作者の新作としては「ロッシとニコロのおかしな旅」が未完となっており、以後作品発表がないわけだが、新作が読んでみたい作者の一人である。