つれづれマンガ日記 改

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近年最高のSFジュブナイル ~ 彼方のアストラ

総合評価・・・4.18

最近はウィッチウォッチが山場に入っている篠原健太作品だが、スケットダンスもウィッチウォッチも好きだけれども、やはりマンガとしての完成度は本作「彼方のアストラ」が畢生の出来栄えであり、読み返すたびに圧倒される。

ちなみに本ブログの千件近いレビューの中で、全5冊完結のマンガに絞れば、堂々の2位にランクインしているのが本作である(1位はデビルマン)。

というわけで、以前書いた時はまだ知名度が低かったので、このネタバレ禁止の作品に踏み込んだレビューはしなかったのだが、各種のマンガ賞なども受賞して十分に知れ渡ったであろうことから、以下、ネタバレ全開のレビュー。

ちなみに本気で名作なので、絶対に未読の方は本ブログを読まない方がいい。騙されたと思って、とりあえず全巻買って読んでおけ。ブログ主は、一度記憶を無くしてもう一度本作を読みたいぐらいで未読の方がうらやましいかぎりの大傑作である。

というわけで、以下レビュー。





 

 

 

 

 

 

 

 

さて、篠原健太作品はスケットダンスの時代から熱心に読み続けているわけだが、ご存じの通り、鬼のように設定・伏線にこだわる作者である。

特に、話の中で謎のネタを前半で繰り広げて、後半で全て回収するようなテクニカルな作品構成の技術は群を抜いており、本当にサスペンスやミステリー系のトリックが好きな作者だというのがよく伝わってくる。

ところが、このこだわりの強い面が悪く出てしまう事もあり、流石にその設定は無理があるだろ、とか、この展開で裏切りさせるの、みたいな、ついつい欲張りすぎな物語造りをしてしまうのが難点だったのだが、本作、彼方のアストラは非常に良い意味でこの篠原作品の毒が消えているのである。

これはおそらく「SF」という、設定自体がある程度大風呂敷の伏線を張っても許されるジャンルである点と、加えて、ジャンプ+のおかげで無駄な長期連載に巻き込まれなかったという事が功を奏したのだろう。

ただ、だからといってSFジャンルが良いジャンルかというとそんなことは全くない。

現代のマンガ業界においては全ジャンルでもトップクラスの不遇ジャンルである事に間違いはなく、最終5巻の作者あとがきで編集部に反対の声もあった、というのも当然だろう。それぐらいSFジャンルは難しいのである。正確には、70年代から90年代に「書きつくされた」というのが正しいのかもしれない。

では、本作は何が成功要因だったのか。その点を本ブログの評価項目である、ストーリー、構成、画力、オリジナリティ、キャラの観点で追っていきたい。

まず、ストーリーの点から考察すると通常のSFジャンルよりもSF色を薄めて、少年少女の冒険活劇を中心に描いている点が成功要因の一つだろう。各キャラクターを群像劇的に動かす手法は作者の最も得意とする領域であり、本作の面白さと見事にハマっている。

加えて、ストーリーの中核にSFジャンルの中でも一般読者がついていける「クローン技術」を持ってきた点は見事だった。この「クローン」設定によってキャラクターの心情や内面といった方向に物語の興味関心が向くことで、最終段階での伏線回収となる「ワーム・ホール」や「歴史の改ざん」といった強引なSF設定を読まされてもキャラクター目線で無理なく本作を楽しめる仕掛けになっているのである。

このように本作の面白さの本質はキャラクター群像劇によるジュブナイル作品であり、よく見られる「展開がSF的にご都合主義すぎる」という批判は意味をなさない。なぜなら、この作品の狙いは本格SFマンガではなくエンターテイメントなのだから。

 

次に、高く評価できるのは本作の構成だろうか。特に単行本の構成を高く評価したい。
全5冊のうち2巻を除いて完璧なタイミングで話が収録されており、中でも4巻ラストに収録の37話は鳥肌もので、非常に秀逸なミスリードを見せつけてくれる。ちなみに、このアストラに関する伏線はしっかり1巻の時点で張られている点も憎らしい。

1巻より引用

もちろんクローン技術に関しても第三の惑星アリスペードの旅の途中で描かれており、
全て考えられて構成されている事が良く伝わってくる内容である。単行本の表紙がそのまま本作の最後の伏線回収を担っている点も素晴らしい。

3巻より引用




その他、画力やオリジナリティに関しての作者の実力は語るまでもない。

現在から過去の連載作品においても幅広いジャンルと老若男女を描ける稀有な技術力を誇っており、SFという描写がハイカロリーになるジャンルにおいても、その手腕は遺憾なく発揮されたわけだ。そして、近年マンガ業界で避けられていたジャンルだったからこそ、オリジナリティという意味でも高く評価できる結果となったのだろう。

しかし、しかしだ。
それだけではここまで何度も読み返したくなる作品にはならない。

では、本作最大の魅力は何なのか、と問われればそれはひとえに主人公「カナタ・ホシジマ」の魅力なのではないだろうか。


本作は巧妙に構成されたSF作品だが、その中で一つテーマを上げるとすれば、「困難と出会いを通じて人は成長する」という人間賛歌を描いた物語だという事である。
「どういう仲間と出会って どう生きるかで いくらでも変われるわ」というキトリーの最後の説得がその証左だ。


困難を乗り越える力を学ぶザック
フニシアを通じて愛情を学ぶキトリー
自身の課題に向き合い、生まれ変わるユンファ
過去のトラウマからの決別を果たすウルガ
自己開示を通じて成長することになるルカ
そして、最後にすべてを受け入れるシャルス
そんなメンバーに惜しみない愛を注ぐアリエス

乗組員たちはみな、アストラ号での冒険を通して変わっていく中で、唯一、カナタだけが「過去の体験を通じて既に生まれ変わった」キャラクターなのだ。だからこそ、この主人公は時に献身的に、時に明るく振る舞う事で仲間を鼓舞し、このサバイバルを、今度こそ生き残ることに成功するのである。

中盤屈指の名場面(3巻より引用)


メンバーには一流の人間のクローンがおり、技術があり医療があり知識があった。しかし、単に能力や知識があるというだけでは過酷なサバイバルをチームで生き抜くことはできないのだ。この旅の成功は、過去の失敗を通して人間的な成長を経た、この主人公だからこそ得られた結果なのである。

ここに、本作最大の魅力がある。

伏線や展開が素晴らしい作品は確かに面白い。しかし、それ以上に何度も読み返したくなる作品というのは、キャラクターの魅力に心揺さぶられる、そんな作品なのだろう。

2000年代を代表する宇宙冒険SFの最高傑作である。