評価:3.54 / 5点
作者の「やまだないと」は掲載雑誌や読んでいた漫画の傾向的になかなか縁がなく、かなり長い間、名前は知っているけど作品を読んだ事がない作者だった。
ただ、よしながふみとの対談集「あのひとここだけのおしゃべり」で、「男の人は大島弓子を解き明かしたがるけど、女の子じゃないんだからそれは無理」というコメントを残していて、物凄く的確に男性目線を考察しているなぁと興味を持ったのは覚えている。
そして、それから随分と時間がたってやっとこさ辿り着いたのが「ヤング・アンド・ティアーズ」という作品であった。
そのあまりに正しい男子高校生の性への情動を切り抜く力に感動して、その他の作品を読み漁った結果、最終的にこの「西荻夫婦」に落ち着いたのである。
その他の短編集や作品も性の描写や青春の葛藤などが面白く描かれているわけだが、いかんせん短すぎたり投げっぱなしになっていたりする中で、本作は一冊を通した物語としてまとまりがよく、一番心を動かされるものがあったのでレビューする事にした。
主人公はミーちゃんと呼ばれる妻のミノワさんと、漫画家の夫のナイトーさんの夫婦。
2人は友達づきあいから結婚して7年の夫婦。
そんな二人のあっさりとした夫婦生活の一場面を描く時もあれば、作者得意の男女関係の性描写などを満遍なく展開させながら、あまり難しさに偏りすぎることもなく、子供を産まない事を決断した夫婦二人の生活を描いている。
このキャラクターと生活の描写があまりにリアルで秀逸なのだ。
漫画家のナイトー先生の暮らしぶりや奔放な人生の過ごし方が人生の自由を感じさせ、そして、妻のミーちゃんの感じる幸せや孤独が自由への窮屈さを感じさせてくれる。
なんとなく、この二人は作者自身の投影なのだろうなぁと思って読んでいたが、作者へのインタビュー記事でも「あれは二人ともわたしです」とはっきり答えてくれており作者の感性とピントがあっている事を嬉しく思えた。
そうなのだ、この作品は実に見事に人間や夫婦の持つ葛藤の瞬間を綺麗に切り取れているのだ。
一番お気に入りの場面はミーちゃんが出張中に一人でホテルで寝る以下の場面だろうか。
このあたりの表現力が素晴らしいのである。
ちなみにAmazonのレビュー評価がすこぶる悪いのだが、わかりやすく面白い漫画を求めすぎているか、読んでいる読者の年齢層の問題ではないだろうか。
ハッキリと言えるが、
「夫婦ってこんなものだよ」
という話なのだ。
特に、子供を産まない選択をした出口のない二人の男女の行きつく先がどうなるのかという意味において、この作品は一つの物語を描き切っており、そこに本作の面白さが詰まっているのだ。
作中、妻目線での日記のような描写も挿入されるのだが、正直、漫画作品に唐突に文章が混ざる構成は好みではないのだが本作では素直に読む事ができた。なぜなら、そういった構成もまた本作の魅力であり、文章が挟まる事を必然として描けているからだ。
「東京座」の時にも使われていた写真と漫画の混在も本作の方がより効果的に活用されており私小説といえるようなスタイルを漫画と文章の両方で表現できている点も含めて、完成度の高い作品だといえるだろう。
また、過去のその他の作品では雑踏の中に埋もれたり握った手を放してしまったりといった人生の別離や混沌でラストを終えている展開が多かった中で、本作は妄想か現実かは語られていないが、パートナーと手を握った場面が描かれている点も印象的だった。
最後に作者の各作品の巻末に書かれてる謎の「pour K・・・」(Kに捧げる)の文字が気になったのだが、掲示板情報によると亡くなった旦那へのメッセージとの事だったが全く定かではない。
既に20年以上前の作品となっているが、現代の感性で読んでも全く古びていない良作といえるので、未読の中高年におススメしたい。
レビュー執筆:mangadake(当ブログ管理人)