つれづれマンガ日記 改

マンガをテーマに、なんとなく感想。レビュー、おすすめ、名作、駄作、etc

宗教漫画の苦難 ~ あっかんべェ一休

総合評価・・・3.84

 

久しぶりに一流の作品を読んでしまった。
とはいえ誰にでもオススメできる面白いマンガというわけではない。

本ブログでは稀に「一流の作品」という表現を使うのだが、これは、「面白いとか面白くないとかを超えて創作者としての熱量が凄まじい」みたいな時に使わせてもらっており、本作「あっかんべェ一休」はまさにその類の作品なのである。

そもそもマンガにはかつて、紙媒体での表現が難しいと言われていた領域がいくつかあった。

例えば音楽マンガ。

マンガから音は鳴らせないという当然の理屈から、かつてはバンドやライブなどのマンガは難しいと言われていたのだが、昨今ではプレイヤーの人生に焦点を当てたり、観客の反応や画面構成などを工夫する事で今ではそれなりの量の音楽マンガが創作されている。

また料理マンガもかつては同様だった。

マンガを読むだけでは味を体感できないという理屈だったのだが、近年では読者の記憶をマンガの中で追体験させる方法で食事ジャンルのマンガも大量に創作されている。

というわけで、漫画界はおよそ表現できない領域はないのではないか、というほどにその創作の幅を広げてきたのだが、個人的に現在唯一、未だにマンガ表現が追いつけていないと感じている領域がこの「宗教と悟り」のジャンルなのだ。

本作は歴史上の人物である一休宗純、いわゆる一休さんを主人公にした伝記的作品となるのだが、幼少時のとんち物語であれば楽しくエンターテイメントにできたであろうが、坂口尚ほどの作者がそのレベルの作品を描くわけもなく、一休宗純の一生を通して、宗教とは悟りとは何かを描くことに挑戦した意欲作である。

一休さんの生涯を描く作品(上巻より引用)



これが本当に難解なのだ。

一休宗純後小松天皇落胤であるという複雑な出生を背景に、北朝南朝の争いや足利一族にまつわる室町幕府と戦に加えて、猿楽の世阿弥等の登場人物も組み込まれており、日本史の時代背景になじみがないと非常に読むのが厳しい情報量になる。

加えて、主人公の生き方そのものが、俗世間から見てわかりやすい宗教とは一線を画しているので色々と難しい事このうえないのだ。

では逆にわかりやすい宗教漫画とは何かと問われれば、やはり手塚治虫ブッダをあげることになる。

手塚治虫はマンガがエンターテイメントである事を忘れなかった作者なので、ブッダの伝記的作品を描くにあたって、ブッダの人間的側面に注目し、その人物の苦悩や困難を乗り越える姿を見せることで、マンガとしての面白さを実現している。(このあたりの詳細な解説は文庫版の呉智英の解説をお勧めしたい)

しかし、何よりもブッダという作品がエンターテイメントとして綺麗に完結しているように見える要因は、沙羅双樹の下で大勢の弟子たちに囲まれて最期を迎えるという、俗人にもわかりやすい宗教者としての大いなる成功があるからなのだ。

反面、本作の主人公である一休さんの人生は非常に厳しい。

天皇の隠し子という立場を明かして何か大きなカタルシスを得る展開もなければ、大きなお寺の住職となって大人数の弟子を抱えて崇め奉られるという事もない。
ただ、ひたすらに悟りを求め放浪を続け、俗世間の中にまみれて生きる事で悟りの道を開こうとするのである。

人間の求道者としては真に正しい姿なのだが、物語の主人公としてみると凡人である読者には理解し難く、エンターテイメントとしては面白みに欠けてしまい、起承転結的な楽しさをついつい心が求めてしまうのである。

これが単純な娯楽マンガであれば、今まで虚飾や汚職にまみれてきた大きな仏閣が打ち倒され、一休の教えこそが正しかったと大衆からあがめられる、といったようなわかりやすい結末を迎えてくれるのだが、物語を通して読者にそのようなカタルシスが与えられる場面は正直ない。

むしろ客観的にみると物語の中でのわかりやすい成功者は、一休とは正反対の生き方をし宗教人としての俗世間的な出世を目指した「養叟」となるのだから、なんとも皮肉だ。

本当の意味で、人間の人生とはそんなものなのだと感じさせられる作品である。

宗教家としての成功を手に入れる養叟(下巻より引用)




結局のところ読者という凡人は宗教的な悟りを経験したことがないために悟りを体感したり追体験する事ができないので、他者の称賛や宗教界における地位といったようなわかりやすい成功の目印がないと、果たしてその生き方や信念がどの程度に素晴らしかったのかを客観的に判断できないのである。

これが宗教マンガというジャンルを難解にしている最大の理由であり、宗教マンガを創作するうえでの最大の悩みなのだ。


しかし、それでも本作は一読に値するといえる。
宗教と悟りという世界を理解するための入り口として、だ。


読む側にも教養が求められる難しい作品だが、それでも大人の読者は読んでみるべきだろう。

世の中はめでたくもあり、めでたくもなし、なのである。

非常に深い宗教哲学のお手本(下巻より引用)





なお、2023年現在はプレミア化した中古品しかないのだが、来年頭にKADOKAWAから復刊するそうなので、そのタイミングでの購入をお勧めする。