つれづれマンガ日記 改

マンガをテーマに、なんとなく感想。レビュー、おすすめ、名作、駄作、etc

漫画家の信念 ~ うしおととら

総合評価・・・4.46


今まで人生で何度か読み返しているわけだが、問答無用の名作である。

しかし、それ以上に今回久しぶりに本作を再読してみて気がつかされたことがある。
それは漫画家「藤田和日郎」の剛腕に関してだ。

この剛腕とは何を意味しているかというと、物語の展開や作画の力強さなどを意味しているのではない。

作品発表の90年代当時、多くの読者が興味を示さなかった藤田作品の「絵柄」を長い時間をかけて世間に認めさせた、という意味なのだ。この点、もう少し詳しく記述したい。

今回のレビューを書くにあたって本作を再読した際に、真っ先に感じたのは、「あれ?藤田和日郎の絵ってこんなに親しみやすかったか?」という事なのだ。

今でこそ現代の有名漫画家の一人として挙げられる作者だが、1990年のうしおととら発表当時は、決してそんな人気作家ではなかった。特にその絵柄において。

お世辞にも売れる絵柄ではなかった(1巻表紙より)






それもそのはず、それ以前の世代にあたる80年代というのは、サンデーであればうる星やつらやタッチが時代を制しており、ジャンプであればドラゴンボールの時代である。端的に言えばそれが売れる作品の絵だったのだ。

それと比較してみれば「うしおととら」という作品のもつ絵柄がいかに野暮ったいかがよくわかる。明らかに当時ヒットしていた作品と比べて絵が泥臭かったのだ。

もちろんシティーハンター北条司レベルまでの劇画力があればまた別なのだが、当然新人漫画家がそのレベルに至るわけもなく、非常に苦戦する絵柄だったのだ。

だから当時から、うしおととらは面白いらしいけど絵が苦手で読んでいない、という読者は多かった。その意味で本作は決してサンデーの看板作品だったわけではない。

しかし、それから30年。藤田和日郎は自分が面白いと信じた漫画を描き続けた。
その独特の泥臭い絵柄で、ひたすら人間の感情を作品にぶつけ続けたのだ。

そしてついに物語の読み手側の感覚を作者の信念がねじ曲げたのだ。
これこそが作者の持つ信念の力であり、これを剛腕と言わずして何と言おうか、だ。


そうやって読み返してみると本作がやはり、冒険活劇というジャンルにおける少年マンガの最高峰として名高い事も頷ける。

キャラクター面で言えば主人公の蒼月潮は、本当にストレートな主人公像を体現したキャラクターである。時に理想を追いすぎて青臭く見えてしまうが、中学生の少年主人公としては、これぐらいの若さがあって良いのではないだろうか。

そして、その正直すぎるキャラクターとバランスを取る意味でひねくれものの「とら」が描かれているわけであり、このコンビの掛け合いは最後まで心地よく物語を導いている。

 

最後まで完璧な二人のコンビ(1話より引用)



また、本作を名作に位置づけている要因の一つが、長期連載にもかかわらず無駄な構成が少ない事である。主人公たちの行動は明快であり、33冊もの間、物語を間延びさせる要素が非常に少ない。

序盤は各ヒロインたちに絡めた妖怪退治絵巻を展開させながら、徐々に獣の槍の秘密とその伝承者を追う物語に展開させる。

そして、中盤の要のタイミングにおいて「キリオ」と「九印」いうバディキャラを描くことで、主人公ペアの魅力を再度高める事に成功しているのだ。

異質なキャラ造詣のキリオ(16巻より引用)

また、もはや言わずもがなだが藤田作品はいつも最終章の幕開けが素晴らしい。個人的には月光条例の最終章の幕開けがベスト1なのだが、うしおととらもその次に好きだ。

最終章開始の緊迫感たるや・・・(26巻より引用)



そして何より今まで描いてきたドラマを、最終章に見事に集約させてくれるその伏線回収の力量だ。獣の槍によるラストの展開はあまりに見事だった。

この最終章付近はネタバレさせてはあまりに勿体ないので未読の方には是非、作品を手に取ってほしいものだが、最高に好きなシーンのセリフを一つだけ引用したい。

バディものの最高峰である(33巻より引用)



本作には非常に多くのキャラクターが登場する。

中村麻子や井上真由子等のヒロインに始まり、各シリーズで関わる人間たち。
また、秋葉流やキリオなどの獣の槍の伝承者達や、父「蒼月紫暮」が関わる光覇明宗の面々。そして、東の長や西の長といった数多くの妖怪達。

どのキャラクターも非常に魅力的に描かれているが、それ以上にやはり最後は主人公の二人である「うしお」と「とら」が決めてくれる。それが本作を最高の少年マンガに位置づけている所以である。


そして、当時はその独特の絵柄から避けられていたわけだが、今となってはこの「絵」でなければ物足りなく感じてしまう。泥臭く、野暮ったく、だからこそ人間が一生懸命生きている姿を藤田和日郎は描くことができるのだろう。


今なお色あせることがない名作の一つである。