つれづれマンガ日記 改

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わびさびと好事家 ~ へうげもの

総合評価・・・3.82

 

2024年現在、モーニングで「望郷太郎」を絶賛連載中の「山田芳裕」の代表作とも呼べる作品、それが本作「へうげもの」だろう。


主人公は織田信長に仕える武将「古田左介」。のちの世に織部焼を残すことになる武将茶人「古田織部」なのだが、この人物がとにかく名物と呼ばれる器や茶の湯の道具に目がなく、戦乱の時代に翻弄されながらも、ひたすらに自身の物欲と求める数寄の道を目指す物語である。

タイトルである「へうげもの」の由来は「ひょうげたもの」=「ひょうきんな人」といったところで、まさに本作の主人公をあらわすに相応しい表現といえる。

戦の時でも名物に目がない数奇者の主人公(1巻より引用)


この「物欲」というキーワードと、山田芳裕の瞬間を切り抜く圧倒的な画力が見事なまでにマッチする事で、面白いほどに好事家の精神が巧みに描かれているのが本作最大の魅力だろうか。

しかし、それだけでは全25冊にもなる長編人気作品とはならない。

織田信長に仕えていたという事は当然に本能寺の変に巻き込まれることになり、そして、その後の秀吉から徳川の時代までも古田織部は眺めていく事になるわけだが、その中でも特に重要なキャラクターとなるのが茶の湯の師匠となる「千利休」の存在である。

異色の描かれ方をする千利休(1巻より引用)

本作における千利休の描かれ方は相当異色だ。

自分の信じるわびさびの精神を日本中に広めるために、精力的かつ野心的に茶の湯の力を使って政治を動かそうとするこのキャラクターの存在が、本作の前半の面白さをリードしているといって過言ではない。

そして、古田織部はこの師匠に自分のわびさびの技量を認めてもらうために、数奇者としての道を進むことになるのだが、筆頭茶道としてあまりにその勢力を強めた千利休は徐々に時代の覇者秀吉と対立する事になり、ついには死罪を申し渡されてしまう。

ここまで単行本で9冊。前半部分の終わりというところだろうか。文句なしの面白さである。

しかし人間の人生のダイナミックな展開がおよそ中年ごろに終わりを迎えるのと同様に、これ以降は千利休に代わり筆頭茶道として生きることになる古田織部の物語は、武将として長く生き延びながら豊臣と徳川の時代を渡り歩くこととなり、徐々に勢いを減じながら、その最期を迎えることになる。

このあたりは一人の人間の人生を追うタイプのマンガの難しさで、特に出世してしまったキャラクターの晩年というものは勢いが衰えざるをえないのだろう。


しかし、そのあたりのマイナス面を差し引いても、関ヶ原の戦いや大坂の陣といった大きな戦の背景に、数寄者の物欲による裏取引がなされていたという解釈は、読んでいてなかなか面白いものがある。

もちろん史実とは異なるフィクションとして描かれている部分も多く、中には悪ふざけが過ぎるキャラクターや表現もあるが、それ以上に、やはりこの作品で描かれる名物への憧憬とその表情は「山田芳裕」以外には描けないと断言できる。

極端にデフォルメされた表情描写(9巻より引用)


物を蒐集するという行為は、いつの時代にも存在した行為であり、それゆえに金銭以上に名物に魅せられる人間の業を、戦国時代という舞台においてこれ以上ないほど面白く描いた本作のオリジナリティの高さは、長いマンガの歴史を紐解いても類を見ない作品である事は間違いない。

とにもかくにもこの作者はレビュー殺しのマンガを描く達人なので、このマンガの面白さを文字で表現するのは非常に困難なわけだが、作者独自の絵の魅力に惹かれた方や、日本の歴史や骨董品といった分野に興味がある方は、必ず手に取っておくべき傑作だろう。