総合評価・・・3.00
「無職の学校」という職業訓練校を舞台にした作品が完結したので、似たようなジャンルの作品として本作を十年ぶりぐらいに読み返したが、当時の印象と変わらずとにかく重く息苦しい作品だった。そして、それこそが本作が描こうとした世界観なので作品としては大成功と言えるだろう。
第1回ネクストコミック大賞の期待賞を受賞した本作だが、絵が上手いわけではないし、コマ割りにセンスがあるわけでもないく、ネームが素晴らしいわけでもない。
しかし、当時の日本の若者が直面した劣悪な労働環境という社会問題を、これでもか、というぐらい見事にえぐりだした快作である。
特に、主人公が辞表を提出して、会社と対峙する際のシーンは本当に素晴らしい出来栄えで、パワハラの圧力で読んでいるこちらまで息苦しくなった。
単行本の発行は2010年だが、作者「タカ」のあとがきには退職から4年以上が経過していると書かれていることからも、2000年前半から半ばの時代の作者の経験をもとに描かれた作品と思われ、それは日本の労働環境が若者に厳しかった最後の時期である。
今でこそ労働者はインターネットにより労働法関連の知識にアクセスする事ができるようになり、また法人側もコンプライアンス遵守の考えが進んだが、当時は若者と会社の力関係の差はそのぐらい絶大だったのだ。
もちろん、本作の舞台となる建築現場という業種はその中でも特に酷い待遇が残る業種ではあるが、えてしてどの業界も新卒採用者への態度などこの程度であった。
また、その労働環境に加えて厳しいのが周囲の目だ。
主人公は逃げるような形で退職し、そして転職活動に向かった結果うつ病のような症状を発症してしまうことになるのだが、それでもなお、周囲の友人たちは冷たい。
ここで描かれている友人たちは決して冷たいキャラでもなければ主人公を嫌っているわけでもない。むしろ面倒見が良い友人達である。ただ「みんな我慢して働いているんだからお前もできるだろ」という自己責任論が当然の常識だったのだ。
このあたりのシビアさが本当に当時の世相を良く表している。
最終的には主人公は彼自身の力で立ち直ることに成功し、物語は結末を迎えることになるわけだが、最後まで自己責任論であり、結局のところ、この時代の立ちなおれなかった多くの若者が現在の引きこもり問題にも繋がることになるわけだ。
>自身の経験をベースに書かれた作品ゆえの強みが本作品の売りなので、 この作者が次回作以降もまた面白いものが描けるかどうかは正直難しいところだ。もしかしたら、次回作はないかもしれない。
上記は2010年に本作ののレビューをした際の内容だが、やはりその通りで以後、作者「タカ」の作品は発表されていない。しかし、それでも本作は目を通しておきたい社会派の傑作である。
作者が心の底から描きたいものがある時、名作が産まれる、その典型的なパターンだろう。当時の時代背景を理解する参考資料として、本作が電子書籍化される事を期待したい。